業界スコープ

【ここは自衛隊なのか?】307中隊の奇人変人の実態(平成3年)

自衛隊生活も進むにつれ、様々なことを見てきました。
ですが、自衛隊という性格上、様々な地域から年齢もバラバラに
集まってきますので様々な人がいた事を覚えております。

奇人・変人の数々
中隊事務所
S二曹
夜勤の暇つぶしなのか、早朝からファミコンに興じる事がことから
他隊員の間では「ファミコン二曹」と呼ばれていたことを覚えております。
ですが、このウワサ話を筆者と周りでしていたのですが、本人が通りがかっ
て聞こえてしまったために筆者が耳をつねられるという被害に遭いました。

医務室
N二曹
常に愛用のレインバンのサングラスをかけているのが特徴で、隊員と接する
際の態度がぶっきらぼうで荒っぽい面があったため、「893医務官」と
呼ばれていたのは事実です。

外部嘱託医
某医院の医院長
893医務官とは反対の性格で普通に隊員に接するが、高齢のせいか、
手が振るえていることが多く、隊員からは「プルプル」と呼ばれていた。

2ptW班
D3曹
小柄な班長ですが、体力の面は空挺レンジャーに所属している関係から
すごかったが、時折、班内に台風(自衛隊の業界用語 隊員を戒めさせるために部屋を
メチャクチャに荒らすこと)
が吹くことがあり、班員を悩ませた事を覚えております。
ですが、筆者はこの班長から「ドラえもん」というあだ名をつけられた事を
覚えております。

1ptA班H
一人で生活することができないせいか、他隊員の手を焼かせたことから
「H名誉会長」と呼ばれていた。

2ptX班Y(AB型)
筆者と同じ募集事務所から来た人物なのですが、最初は周りに
怖い人という事で通っておりましたが、時間が経つにつれ、大胆な事を
発言したことで周りがギャとなった事を覚えております。
それはと云いますと、
「僕は毎日、〇〇〇〇をコキます。
        10時になるとベッドがガタガタ揺れます」

しかも、この発言ですが、2~3人位の内輪であればよくある冗談で済むの
ですが、事もあろう事に本人は50人以上の人が集まっている場で堂々と
大声でこの発言をしたことから筆者は驚愕させられたのも事実です。
この事もあり、筆者は以後、初めて会う人に防衛のため血液型チェックを
することがクセになったのは云うまでもありませんが、筆者自身もAB型+
O型の構成で生まれましたが、未だにAB型によるとんでもない恐怖
感じているのも事実であります。(ちなみに筆者はA型です)

2ptX班M(O型)
体力には優れていたが、Yのベッドの下であったことからよく筆者に
「2万円くれたら、おし〇ぶ〇してあげるよ」という事を云っていた事を
覚えております。
この発言に筆者は「自衛隊にも〇〇がいるのか!?」と驚愕させられたのは
事実でありますが、本人は最終的には隊から体力徽章を授与された事を
覚えております。

体力徽章
体力徽章とは、体力検定において優秀と認められた者に対して駐屯地指令や大隊の
隊長等の上官から授与される徽章です。
徽章はこの体力徽章の他に様々なものがあり、制服着用時には徽章を受けた者は徽章を
装着する決まりになっております。
徽章の種類はこちらでご覧下さい。(千葉地方連絡部本部オフィシャルHPより)
自衛官服装規則<昭和32年・PDF形式>


3ptz班A
筆者より背が小さいが、暴走族でCBX400を乗っていたことを自慢していた事を
覚えておりますが、シンナー乱用歴があったせいか、班長たちも警戒していた
ことを覚えております。
このことからか「ジャンキー君」と呼ばれていました。

これらの過激な要素を持つ人物に囲まれた筆者でありますが、驚愕の実態を
後に見ることになったのは云うまでもありませんでした。
この驚愕のモンスターと云うべき奇人変人がいる中での隊舎の中で暮らす事に
なったのは云うまでもありませんが、筆者としましてはこの先どうなるのか不安を
覚えたのは事実であります。


2014/08/13(水) | 仕事/公務編 | トラックバック(0) | コメント(0)

陸上自衛隊に入隊しました(平成3年)

平成3年7月29日、筆者は陸上自衛隊入隊しました。
当日の事を思い出しますと、募集事務所に集まってから市ヶ谷の
駐屯地へ行き、最終的な身体検査を受けましたが、ここで筆者は
採血後の視力測定の最中にショック症状を起こして知らぬ間に
倒れてしまったことを覚えております。
ですが、問題はないとの事なので、同じ敷地内にあります地連
(ちれん・正式には地方連絡部と言います)本部の広報室で入隊に当たっての
心構えや広報等のビデオを見た後に、お昼になりましたので、
隊員食堂で食事をした事を覚えております。
そして午後からは赴任先へ向かうべく大型バスに乗り、赴任先の
神奈川県横須賀市にあります武山駐屯地へ向かいました。

Camp takeyama.jpg
上空から撮影した武山駐屯地
"Camp takeyama" by カテキン - Own work. Licensed under Public domain via Wikimedia Commons.
この写真はWikipediaからのリンクで借用しております。


バスを降りると、既に所属が割り振られており、班長が名前を呼んで
人員が揃ったところで隊舎へ移動しました。
筆者が配属された配属先は104大隊307中隊2区隊21班でした。
この営内班には全国から集まっており、年齢も出身も様々であった事を
覚えております。
この夏ですが、栃木県の地方連絡部は隊員を多く集めた事で表彰を受け
ましたが、この筆者が所属する営内班には3名も栃木県出身者がいたのは
事実です。

今日から筆者も含めて10名はこの営内班で共に寝起きして訓練等に明け暮れる
毎日が始まりますが、さっそく制服に着替えて本館の教室に集められ、
宣誓を行いました。


      宣        誓

私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、
日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、
常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に
関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは
危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託に
こたえることを誓います。


                   平成3年7月29日

                     業界のフォーカスマン 印
自衛隊法施行規則第39条に基づく宣誓
あらかじめ、これらの文面は印刷されておりますが、この文面に署名捺印を
した段階で自衛隊法に基づく宣誓を行ったと同時に非常勤の特別職国家公務員の
仲間入りをすることになり、自衛官としての身分と同時に給与も発生しております。


筆者はこの宣誓の文面に署名捺印をした以上、この段階から非常勤の特別職
国家公務員の一人となったのは言うまでもありません。
時折、幼稚園児以下のお役人等に対して、筆者は記事上で「宣誓をしたあの日の事を忘れたのか!?」
という事を書いておりますが、その語源はこれら公務員としての宣誓をした時の事を示しているので
あります。(法的根拠は地方公務員法第31条)


この宣誓の後に今後の予定の説明があり、先へと進む事になりますが、
夕食後には、班長からベッドメイキングを叩き込まれることになりましたが、
後に大いに役立つ事になろうとは思ってもいなかったのは事実であります。
この日は慌しく一日が過ぎたような気がします。


2014/07/29(火) | 仕事/公務編 | トラックバック(0) | コメント(0)

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