業界スコープ

昭和62年のバリカン事件を巡る金銭問題に決着がつきました(平成元年)

昭和62年7月22日に発生した地上げ屋職員YAによるバリカン事件ですが、
問題職員NOが不法に徴収した筆者に対する不当な請求について1年近く
返還を巡る交渉を1年近くに渡って行ってきましたが、ようやくピリオドを
打つ事になりました。

矢島洋バリカン事件公開用
バリカン事件直後に撮影された筆者の被害についての証拠写真
(昭和62年7月静岡県沼津市大瀬館にて撮影)
写真をクリックすると、大きな画像でご覧頂けます。

平成元年10月17日(スーパー問題職員YAによる田無事件の日ですが)突如ですが、
筆者の三和銀行四谷支店(現・東京三菱UFJ銀行)の口座に振込がありました。
通帳にて確認してみますとHY教護係長の個人名での振込でした。
そこで筆者は誠明学園に電話をかけ、HY係長に確認をしたところ、
バリカン修理代金の不当徴収の返還」であることを確認しました。
このことから、昭和62年に発生したバリカン事件を巡る金銭問題に終止符を
打つ事になったのは言うまでもありませんでした。
そこで筆者は金銭の返還が行われた事を確認しましたので、牛込郵便局から
10月27日に領収書を配達証明郵便で発送しました。

書留受領書 コピー
郵便局の書留受領書(控)
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東京都福祉局(現・福祉保健局)
領収書¦関岡宛 コピー 配達証明関岡 コピー
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誠明学園
領収書¦小沼宛 コピー 配達証明小沼
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バリカン事件を巡る金銭の問題は解決されましたが、地上げ屋職員YAからの
謝罪は25年経った現在でも未だになく、今日まで来ているのは事実です。
この問題を含め、誠明学園の職員による暴力や虐待について筆者だけでなく、
関係者をトラウマやPTSDなどに苦しめられているという状況は変わっていない
のは言うまでもありません。

筆者はこの記事を事件から25年を経過してから書いておりますが、
当時を思い出しますと、16歳で親の援助もなく一人で東京都を相手に争った
わけでありますが、お役人相手に争うことの難しさを実感させられたのも
事実であり、後に展開する施設内暴力・虐待追放運動に役に立つとは
思ってもいなかったのは言うまでもありませんでした。



2012/10/21(日) | 地上げ屋職員YA | トラックバック(0) | コメント(0)

地上げ事件から24年

昭和63年1月25日に発生した筆者に対するB1地上げ屋職員YAによる
地上げ事件から本日で24年を経過しました。
事の始まりはSI経理係長による模擬面接時におけるイヤミ発言
事件の始まりでありますが、未だにSI係長からは謝罪や発言の撤回も
行われていないことと、当事者であります地上げ屋職員YAからも
謝罪の言葉の一つも筆者に届いていないことには24年経過した今でも
憤りを感じているのは事実であります。
そして誠明学園の状況を見ておりますと、未だに昭和の時代の悪い習慣が
平成の時代においても引きずられているのは事実であります。
そして昨年は元B5で現在B2職員であります今村里佳によるB5のOB生徒に
対して当ブログとNPO法人のブログやHPに書き込みをするなという言論統制
と言うべき暴挙が行われた事は記憶に新しいかと思います。
このように誠明の業界は全然変わろうとしていないのは事実でありますが、
世間ではじわじわと職員による施設内暴力と虐待について非難の声が
上がって来ているのは事実です。
そして厚生労働省も重い腰を上げざるを得ない状況になりつつあるのは事実で
あります。
話は少しそれてしまいましたが、地上げ屋職員YAによる地上げ被害を
筆者は15歳という年齢で受けたのは事実でありますが、他にも数名被害者がいる
という情報が編集部に寄せられているのは事実であります。

筆者が受けた心の傷は癒えていないのは事実であり、事件を昔の事だからという言葉で
逃げるのではなく、東京都と加害者職員であります地上げ屋職員YAは筆者だけでなく
他の被害者に対しても謝罪と補償とアフターについて考えるべきだと筆者は思います。


2012/01/25(水) | 地上げ屋職員YA | トラックバック(0) | コメント(0)

続く都庁への抗議

連日に渡るスーパー問題職員YAによる田無での暴力事件に端を発した
連日に渡る都庁への電話での抗議活動ですが、舞台を昭和62年7月
22日に発生した地上げ屋職員YAによるバリカン事件と問題職員NO
加わって不当に徴集したバリカンの修理代金の返還の交渉が行われて
おりました。
そして郵便貯金の通帳のことや職員の酒盛り宴会やアルバム問題に
ついても併せて抗議しました。

以下は筆者が都庁へFAXで送った抗議と怒りの文面です。(便箋で4枚)


経理担当者 殿
M部長    殿

下記の「U電気」と名のつく電器店を全て調査し、電話にて確認をしましたが全店応答なし
<多分、後から調査されるのを見越してプロテクトをかけたと思う>でした。
 多分、下記の中の一件だと思います。
 0426-00-0000 ナショナルショップ外のお店
 0426-00-0000 ナショナルショップのお店
 0426-00-0000 ナショナルショップのお店
 0426-00-0000 ナショナルショップのお店
※お店のプライバシー保護のため、訂正をしてあります。


 それと、2枚目の通帳の写しは、この間TELでお伝えしたID制度になったのでわざわざ住所を
各自の自宅の住所に変更した唯一の証拠物件です。
 ここで不思議なのは郵便局がなぜ、おかしいと思ってID確認をしないで現金の出し入れができた
のが一つの疑問である。(警察に通報をしなかったのも疑問)
 職員が寮費と言って巻き上げて行くお金といい、弁償金言って持って行けるのも貯金通帳
ハンコを握っているので勝手に(又は通帳から巻き上げて子供に帳面を改ざんさせる)持って
行けることに多大な問題があると思う
 実際に私からバリカンの修理代と言って取ろうとした時私は「断った」が数々の泣き落としで
¥1560円のところに¥440円を職員の気分で不法に乗せて私のふところから巻き上げて行った。
 そもそも昭和六十三年七月に地上げ屋職員YAが自分の気分「見せしめ」で私の頭にバリカン
(これは刑法の暴行罪的行為を阻止するため)ので「正当防衛」としてバリカンをこわした。
 これは立派な正当行為と言える。
 M部長殿、この前お送りしたFAXを見たと思いますが、これが全て職員の日常生活の実態です。
年に一度子供に映画を見せ、その間に酒盛り(その日は子供の生活時間を動かして行うので私は
問題としている)をしていたり、卒業アルバムの原稿依頼を私にだまって断り、その事実を隠して
八月になってOG家が発見するまでその事実を隠して挙げ句の果てには恩だ仇だとまるで恩の
押し売り的行為をしたことに対して私の身の回りの者は「恩だ仇だ等言われるスジはない」
「やってやったとはどういうことだ。アルバムが欲しかったというその心をふみにじっているとしかしか
いいようがない」というように言っている。
 進路のあっせんについても同じと言える。私としては非人間的、自分さえ良ければいいなんて
考えを持つなと言っている職員が自分の身を守るためにわざととぼけたとしか言いようがない。
 このようなことをやっているのに身体障害者等に就職あっせんをしているということは
おかしいと思う。
 これは身体障害者をバカにしている訳ではないが精神病者には職業をあっせんできて
健常者には職業あっせんができないということは誠に不思議なことだと思う。
 このようなノルマで生活している職員に賃金を上げろと言う資格は全くないと思う。
 それと貴方達が発行したアルバムは職員のいいようにリライトがされていたり、全面フルコピー
としか言いようがない文章で構成されているとしか言いようがない。実は私のアルバムはフルコピー
させられたのである。
 あれは、スーパー問題職員YAが書いた文面を私に手書きでフルコピーさせたのである。
 私が書いた物を直接載せると貴方らに回収処分、没を食らうという理由をこじつけて
フルコピーさせた。
その時に私がスーパー問題職員YAに金を払って文章を書くとかいうことをスーパー問題職員YAが
私に話しをもちかけたことは事実、その時丁度地上げ屋職員YAの地上げの直後であったことを
加筆しておく。
 このように、全て正当な事を曲げて正当化するというエゴイストな論理じゃ本当の意味で人間の
心を完全にこわす一種の処理工場としか言いようがありません。
 私はもうこれ異常職員のノルマ的行為を許す訳には行きません。通帳とハンコ、職務権限を悪用
して子供を脅しているこのノルマ的論理は絶対に許せません。
 そして、子供から巻き上げたお金を全て返金するとともに、子供に対して謝罪するべきです。
 私は、これ以上のことは言いませんが。これらの行為全てを改めて行く必要があると思う。

                                   以上

                                 平成元年 業界のフォーカスマン



これらの抗議の文面と併せて筆者はバリカンの修理代金の返還を要求し、
連日都庁と誠明学園に電話をしていた事を覚えております。
このバリカンの修理代金の返還交渉ですが、時間戦だった事を覚えて
おりますが、誠明学園のHY教護係長は「保証人をよこせ」等とおかしげな
事を言っており、交渉が難航したのは言うまでもありませんでした。

16歳であった筆者の慌ただしい年始だった事を覚えております。


2012/01/15(日) | 地上げ屋職員YA | トラックバック(0) | コメント(0)

地上げ屋職員の暴走

昭和63年のB1では筆者に対する地上げ事件を皮切りに地上げ屋職員YAの
留まることの無い暴走に寮生たちは大いに悩まされたのです。

当時のB1関係者の証言によりますと、地上げ屋職員YAは筆者が卒業してからは
地上げ事件で味をしめたのか、暴力等の実行ターゲットを特定の生徒に
定めて狙い打ちの暴行を行う等の行為が行われ、寮生たちはますます加速する
地上げ屋職員YAの寮内での暴走に悩まされたのです。
この事から地上げ屋職員YAの殿様的暴走は世代を越え、筆者が知る限りから
平成5年頃まで被害があった事が窺えます。
地上げ屋職員YAの寮内の破壊はますます加速し、B1は荒れ果てて行ったのは事実です。

2011/09/17(土) | 地上げ屋職員YA | トラックバック(0) | コメント(1)

昭和63年1月25日地上げ屋職員YAによる地上げ事件(4)



19:30頃に兄が自宅の帰ってきて、大騒ぎになりました。
そして父も急いで帰ってきました。
筆者と父との話し合いをし、
「職員が筆者を誠明から追い出したのだから戻る必要はない」
と話したました。
この段階で押さえてしまえば児相との駆け引きに持ち込む事が
可能だったのですが父の方に知識が当時なかったために誠明に
戻るということになりました。

小平駅で待ち合わせることになり、西武線で小平まで向かいました。

小平駅前
写真をクリックすると、大きな画像でご覧頂けます。

駅につくと問題職員ONはすでに自家用車トヨタタウンエースワゴン
タクシー乗り場の後ろ側に止めて待っておりました。

問題職員ONがタウンエースを止めた周辺

写真をクリックすると、大きな画像でご覧頂けます。
写真に写っているタクシーは一例です。タクシー会社と運転者のプライバシーと
肖像権保護のため画像に修正を施してあります。


父は今回の地上げの件と筆者に対する暴力でできた傷について抗議を
したのは言うまでもありませんが、問題職員ONはお決まりののらり
くらりの態度で話を聞いていたことを覚えております。
そしてしばらくして地上げの張本人の地上げ屋職員YAがちゃっかり
小平駅に日産プレーリーに乗って現れたのです。
地上げ屋職員YAが来たことを確認すると、問題職員ONは足早々と
現場の小平駅から逃げるように去ったのです。

地上げ屋職員YAはさっさと筆者を車に乗せ、誠明学園まで戻ったので
あります。ここから第3の暴挙の始まりでした。

地上げ屋職員YAは公務室で筆者に正座をさせ、改めて過激な暴行を
行いました。
話の中で地上げ屋職員YAは小平にどうしていたのかという問いを
してきましたが、筆者は極秘作戦のことはシラを切っていたのですが、
又もや暴力を使って尋問をしたのであります。
ですが、時間が経つにつれ、作戦は失敗に終わりました。
待ち合わせ場所を小平にしたことで親子共々、重大なミスをしたのであります。
それはと言いますと、当時筆者は国〇に住んでいることになっていたことに
なっており、(12月の記事参照)田無にいることを隠蔽しなければなら
なかったにも関わらず父がJR南〇線矢〇駅ではなく小平駅で待ち合わせると
約束をしてしまったことで大きな墓穴を掘ることになったのです。
そして地上げ屋職員YAは帰省の時の交通費の割引の証明書
(文例にある東京都交通局の営業規程の条文はこちらです。)ことを恩きつがましく引き合いに出して
「やってやったのにムダにしやがって」
と筆者のことを罵(ののし)ったのです。
地上げ屋職員YAはその後、昭和63年1月26日午前4:30まで又もや過激な暴力を
筆者に振るって筆者に反省生活のような差別行為を強行採決の如しに
押しつけたのでした。

翌朝から地上げ屋職員YAは水泳大会惨敗の時に生徒に責任をなすり付けた
時に覚えた悪のテクニックを活用し、筆者一人に対して誠明学園の組織を
挙げての壮絶なアパルトヘイト紛いの差別や暴力や嫌がらせ行為を始めました。



地上げ屋職員YAによる地上げ事件の概要を書きましたが、
筆者は23年経った今でもこの事件のことを許すことはできません。
職員が生徒に暴力を使って誠明の敷地から追い出す地上げ行為に対して
生徒が反省生活のような差別行為は受ける筋合いはないのです。
勝手に強行採決紛いに地上げ屋職員YAが反省生活紛いの差別行為を
押しつけたわけでありますので筆者はもちろん拒否したのは言うまでも
ありません。

腹立たしい15歳の1月の事件だった事を今でも覚えております。

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2011/01/25(火) | 地上げ屋職員YA | トラックバック(0) | コメント(4)

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